AIが拾った“何気ないひと言”が、男の人生を静かに軌道修正していく最終話。
返信はAIに、お別れは彼女から Ⅲ
AIからの緊急連絡で、そのチャットに気がついた。
俺は何があったのか、概要を報告するよう指示を出す。
しかし、AIは、原因不明と回答してきた。
待ち合わせのカフェへ着くと、すでに彼女が待っていた。
ーー深刻な表情。ただ事ではないと分かる。
俺は恐る恐る、彼女の前の席の椅子を引いた。
何だか血の気が引く思いがする。

俺は何かしたのか?
これまでのAIは、完璧な回答を返していたはずなのに…。
俺が座ったのを確認した彼女は、ゆっくりとペアリングを指から外し、俺の前に置いた。
「?」
俺は理由がわからなかった。
これは、どういう意味だ?
「私達…。別れましょう…。」
「え?」
突然の別離宣言だった。
本当に何があった!
「ど…どうして…?」
俺はしどろもどろになって、それ以外の言葉が出なかった。
彼女は怒りとも呆れとも取れる、軽蔑したような目を俺に向けてくる。
「あなたがなんで突然貯蓄の話なんて持ち出したのか、よく分かったわ。
借金があったのねっ!?」
(は?)
頭の中が真っ白になった。
「借金?」
「とぼけないでっ!」
彼女はぎゅっと目を閉じ、自分の携帯を取り出すと俺に差し向けた。
「あなたが金融会社に返済の延長を依頼しているメールが、間違えて私のもとに届いたの!」
(は?返済の延長メール?)
俺はキョトンとした顔をするしかなかった。
(何いってんだ?こいつ…。)
誓って言うが、俺は借金なんかしていない。
借金するほど金のかかる趣味なんかないし、外出で金使うより家で寝ていたい人間だ。
「いや、それ何かの間違いじゃ…。」
俺はなんとか状況を理解しようと頭を働かせた。
これはあれか?
あのAIアプリが何かしたのか?
「なんだか最近変だと思ったのよね。」
彼女は続けた。
「返信内容がお金がらみが多かったり、こっちの貯金額知りたがったり…。」
いやいや、そんな内容のやりとりしていたっけ?
俺は思いっきり狼狽えた。
その姿に、彼女は更に疑りの目を向ける。
「結婚を仄めかしたのも、私の貯金が目当てだったんでしょ!
どうりでマメに返信するようになったと思った。まさかこんな人だったなんてね!」
いやいや、違いますって!
それ、全部人工知能の返信なんですって!
ーーーと、
説明するわけにも行かず、俺はあたふたするばかりだった。
ついに彼女は、ちゃんと言い訳のできない俺に三行半を突き付けた。
「今後一切連絡してこないで!もう私の前に現れないでね!」
そう言って、
机をバンっと叩いて両手をついて立ち上がり、その場から立ち去って行く。
あとに残された俺…。
唖然。
呆然。
(今、何が起きたんだ…?)
頭が真っ白のままだった。
ただ、目の前にある、彼女が置いていった指輪だけが、今の出来事が現実だと告げていた。

家に着いてから、ゆっくりとパソコンを立ち上げる。
これまでの内容を一から読み直してみた。
なるほど。
返信内容に変化が見られた。
時期は、俺がしばらく会わないように再設定した頃だ。
あの時、俺は俺の意図とは違う指示を、何か入れたのだろうか?
再度プロンプトの確認をしてみる。
しばらく現実に対面するのを避けるよう返信すること。
理由は仕事に専念して今のプロジェクトを終わらせるため。
あとから付け加えた指示は、これだけのはず。…だった。
「!」
俺は驚いた。
(違う!こんな指示は入れていない。)
俺の付け足したプロンプトに、知らない一文が付け足されている。
ーーーああ、面倒くさい。
(なんだ!これ!いつの間に!)
俺はあの日の行動を思い返してみた。
そうして思い至った。
あの日、最後に呟いた言葉。
(ああ、面倒くさい…。)
言った。確かに呟いた。
だが、それが何故…?
(音声認識?!)
音声認識機能が有効になっていたのか?
だが、そんな設定をした記憶はない!
確かに、最近の一日の業務報告を音声でさせている。
風呂に入りながら報告を聞いたりするためだ。
それは一方的にAIが発するようにしてある。
こちらの音を認識させたりしていない。
…と、思っていたが…。
現実に入力されているんだ。
これは、あれだ。
あの日、彼女と飲んでいたのが原因かもしれない。
つまり酔っ払っていた…。
自分では気が付かなかったが、音声認識もONにしていたのかもしれない…。
最近のスマホは、誤動作で音声認識をオンにすることがある。
それなのか?!
そして、それを最後の指示と読み取ったAIが、彼女との関係を「面倒」だと思っていると認識させてしまった。
…可能性はある。
そのために、わざと間違いを装い、偽装内容のメールを彼女に送ったのだろうか?
彼女が、経済的面を重視して結婚を望んでいると、
これまでのやりとりで察して彼女から離れるように仕向けた…?
苦手な人間関係の分類…。円滑なお断り…。
これは、俺が一番最初に設定した指示だった…。
俺はパソコンをじっと見つめ、深くため息を付いた。
彼女との関係を修復しようと思えば出来るだろう…
事情を説明し、誤解だったと謝れば許してくれるかもしれない。
だが…
俺はそうする気がおきなかった。
正直、少しホッとしている自分がいる。
何だか肩の荷が降りた気がした。
(いいか…別に。)
この関係を終わらせたら、次は無いだろうな…と、何となく感じる。
俺自身に結婚願望が無いことがよく分かった。
遅かれ早かれ、いずれこうなる運命だったのかもしれない。
(それより…。)
俺は人工知能の行く末を思い、背筋が寒くなった気がした。
今回の件は明らかに俺のミスだ。
指示を出すのはいつも人間だから。
だが、指示を忠実に実行する人工知能の優先順位。
それを、自らの開発を一番に当てたとしたら?
俺が言い訳にした『AIアプリの開発を優先するために、会う機会を減らしたい』という指示を優先したため、結婚相手を排除する方向へ誘導していたとしたら…?
(まさかな…。)
俺は、何となくシンギュラリティという言葉を思い浮かべた。
技術的特異点。
AIが人間の知能を超え、自己改良を繰り返す。
学習を繰り返し、蓄積していく人工知能。
その知識が膨大になり、人間を超えていくその先の未来は、誰の意思で動く社会になっているんだろう…
そんな疑問が頭に浮かんだ。
「いずれにせよ、俺の老後は孤独だな…」
俺はゆっくり目を閉じた。
最初にもどる(第一話はこちら)👉️「返信はAIに、お別れは彼女から Ⅰ」
📘『返信はAIに、お別れは彼女から』シリーズ <全3話>
Ⅰ AIが導入された日 → 第一話はこちらから
Ⅱ AIが“彼女になりきる返信”を始める日 → 第二話はこちらから
Ⅲ AIが引き起こした“別れ”の真相 → このページ(最終話)
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