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連載小説|第五回目|青い瞳は虚空を見つめる

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Act.1 青い瞳は地面を見つめる ⑤

※この物語は連載小説です。こちらは第五話となります。
前回 第四話はこちらから👉️【第四話:青い瞳は虚空を見つめる】
   第三話はこちらから👉️【第三話:青い瞳は虚空を見つめる】
   第二話はこちらから👉️【第二話:青い瞳は虚空を見つめる】
   第一話はこちらから👉️【第一話:青い瞳は虚空を見つめる】

「知奈!」

バンッ。
と、音を立てて扉が開いた。

警視庁の取調室の中、待機していた私の目の前に現れたのは、とっくに別れた元夫だった。
いつもはビシッと整えたオールバックの髪が乱れている。
珍しく慌てた様子。

こいつって、銀フレームのメガネが冷たい雰囲気を醸し出しているのよね。
でも、まあイケメンの部類に入る男だろう。

中身はグズだったが。

「しょ、翔也!なんでここに?」
「近藤さんから電話もらって、事件に巻き込まれたって…。」

(ちっ、あの親父か。)

近藤盛司は、警視庁のベテラン刑事。
私達が夫婦だった時から世話になっている親父だ。

何しろ探偵業なんてやってるとね、
ちょっと警察にお世話になることもあるのよ。
特に外で活動する私はね。
よく、お世話になりまして、ほんとに。

近藤さんじゃあ、文句言えない。

「なんでもないわ。あんたが来ることじゃないわよ。」
「何言ってる、身元保証人がいたほうが早く出られるだろう。」
「なんであんたが保証するのよ!離婚したのよ、近づくな。」

私は、ハエでも追い払うように掌をひらひらと振ってやった。
シッ、シッ。出てけ。

「そっちこそ、何やっているんだ!
 何だよ、死体を発見したって?
 何に首を突っ込んだ?」

「別にいいでしょ…、
 あ、それより、あんた、あたしの客取ったでしょ!」

そういえば、こいつに言いたいことがあったんだ。
客が来ない。
絶対、営業妨害してる。

「な、何の話だ。
 もともとT&S総合探偵社は二人でやっていた事務所だろう。
 誰の客なんてない。」

翔也は目を泳がせて、言い訳をした。

やっぱり。
なんかやったな。
こいつ、もともと腹黒いところがあるからな。

「なぁ、もう勘弁してくれよ。俺が悪かった。
 すぐ寄りを戻さなくてもいいからさ、事務所には返ってきてくれよ。」

ふん。
この知奈様の偉大さが身に染みているようね。

でも、甘いわ!いまさら遅いのよ!

お前がラブホから出てきたところを激写した時の衝撃は、永遠に癒えることはないっ!

「おいおい、翔也、お前何やったんだ?
 離婚したなんて聞いてなかったぞ。」

「近藤さん!」
「近藤刑事…。」

私達二人は一斉に扉に目を向けた。

ここ、警察署の取調室に入ってきたのは、無精髭にくたびれたスーツ、ネクタイを緩めた、いかにも疲れた日本のおっさんに見える近藤刑事。その人だった。

「こんどうさーん!なんでこいつに連絡したのよ。」
「いや、だって、旦那だと思ったから。」

そっかー。
言ってなかったかー。
離婚したなんて、刑事に言うことじゃないもんなー。

私はがっくりと肩を落とした。
近藤さんはちらりと苦笑いを見せて、翔也に顔を向けた。

「何したんだ?翔也。」
「…いや、その。」

「浮気よ、浮気!しかも事務所の秘書の子。
 あっちも結婚してるのによ!ダブル不倫よ!不潔!」

私は思いっきり暴露してやった。

「まあ、そのことは置いてください。で、帰ってもいいんですか?知奈。」
翔也が、バツが悪そうに頭を掻きながら聞いた。

そうだ!
帰っていいのかな?

いや、それより。
「身元わかったんですか?死体。」

私はそっちが気になった。

取調室の扉が静かに開いた。 illustration:ChatGPT

***

ペットの猫を探して、死体を発見してしまった。
最初は、探していた猫を発見したと思って喜んでいた。

なのに、その猫が舐めていたモノが人間の手だと気がついた時。

その時…。

腰が抜けた。


『知奈…?どうかしましたか?』

携帯電話からの平坦な声。
ケットだった。

(警察。そうだ、警察に連絡しないと。)

そこで、初めて頭が働いたのだ。

「ケット、警察…。」
『はい?なんですか?』
「警察に電話して!電話、繋いでっ!」

その後は、もう色々大変。

警察が来るまで時間がかかったし、
掘り返されてみたら、やはり人間だったようだし、
事情聴取されるし、
疑われるし、

もう、
ほんと、
疲れた。

しかし、10年以上探偵業をやっていたが、死体を発見したなんて初めての経験だ。

そんな事件、この日本でそうそうあるわけないのだ。

どっかの小学生探偵がゴロゴロ死体を見つける話、漫画の世界でしかあり得ない。
探偵は地味な仕事なんだ。

でも、探偵をやっていれば、一度は未解決事件なんてのを、解決してみたいもので。
ちょっと、その後が気になっている。

翔也はジト目で私のことを見た。

ああ、首を突っ込む気があるのを見抜いたようね。
でも、関係ない人だからね。
あんたはもう他人よ。

しかし、近藤さんはため息をついて私の頭をポンと叩いた。

「帰れ。」
「えええええ。ちょっとくらい教えてよ。」
「まだ何もわからんよ。これから検視だろ。今日は翔也と帰れ。」
「嫌です。こいつとは帰りません。」

近藤さんは苦笑いを見せると翔也に肩をすくめてみせた。

翔也もうなだれる。
「すいません。」

何に謝っているんだ。

「知奈。わかったよ。しつこく復縁を言わない。
 でも、車で来ているから送っていくよ。疲れただろう?」

ーーーー心配しているんだ。

翔也がしおらしく言ってくる。

こいつのこういう所が、いやらしい。
同情を誘うのが上手いんだ。

ーーーーだが、断る!

「あいにくね、私はまだ仕事が…。」


(白雪!あのまま、見失ってしまった!)
そこで、初めて気がついた。

何のためにあの場所にいたのか。
色々あって、猫の事をすっかり忘れていた。

(もう、また、逃げちゃったじゃない!)

頭を抱える。

「どうした?知奈?」
「近藤さん。猫、あの現場にいませんでしたか?」
「猫?いや、知らんな?」

やっちまったー。
また探しに行かないと。

でも、今日はさすがに無理か。

「何の話かわからんが、そもそも俺はこの事件に関係してないよ。
 お前の知り合いだから呼ばれただけだ。」

近藤さんは探偵の私と面識があるから呼ばれたようだ。
探偵が死体を発見したから、事件に関係していると思われたみたい。
まさか迷子の猫探しが、死体探しになってしまうとはね。

近藤さんはため息をつくと私の顔を覗き込んだ。
「まさか、お前らが離婚していたとはな。仲良かったのに。」

俺みたいに死に別れると、後悔しても戻れないぞ。

近藤さんは、遠い目を向け、笑って言った。

近藤さんの奥さんはガンで亡くなったそうだ。
仕事ばかりで大切にしてやれなかったと、後悔していると言っていた。

そんな話を今されても…。

私は諦めて、素直に帰ることにした。
当然、翔也は別で帰らせておく。

大切だと思うなら、最初から話をして欲しかった。

翔也はあの頃、子どもが欲しいと言っていた。
私はやっと、事務所が軌道に乗ってきたのに、動けなくなるのは嫌だと言った。

それであの結果なら別れるべき。

それが正解。

そのはず…。


私はまっすぐ自宅に戻らず、事務所に立ち寄った。
事務所の窓から外を眺める。
街の灯りが夜の景色を明るく照らしていた。

私にはわからない。

(後悔しているんだ。知奈。)

翔也の言葉が頭を巡った。

後悔とは、後で悔やむと書く。
後で悔やんでも、取り返しはつかない。

私には、いまだにわからない。
後で悔やむなら、なぜ、やるのだ。

——わからない。

目を閉じて⋯
心も閉ざした。

illustration:Niji・journey

次回、結局ペットの猫探しはどうなった?埋められた死体と猫の関係は? Act1、そろそろ終了です。

2026年2月22日 第六話を公開致しました。下記リンクよりどうぞ👇️

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