Act.1 青い瞳は地面を見つめる ⑥
※この物語は連載小説です。こちらは第六話となります。
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第二話はこちらから👉️【第二話:青い瞳は虚空を見つめる】
第一話はこちらから👉️【第一話:青い瞳は虚空を見つめる】
翌日はよく晴れた、いい天気となった。
私は早朝から、白雪を見失った場所へ戻った。
雑木林の中はしっとりとした湿気に覆われていた。
朝日が靄を切り刻んでいる。
風が揺さぶる木々の音も、静けさの一部になっていた。
だが、そこは、遺体発見現場だ。
当然黄色いテープで囲われている。
立入禁止。
(ですよね~)
でも、まだ近くにいるかも知れない。
一縷の望みをかけて来たのだ。
(今日もバッチリ”ちゅ~るん”持ってきたし。)
私は、匂いを振りまくように開封したスティック状の餌を振り回しながら、昨日の雑木林の周辺を歩き回った。
まだ朝早い時間のせいか、人はいない。
もともと人通りの少ない場所なのだろう。
人もいないが、動物も見当たらない。
こんな木々の中では、猫を探すなど至難の業だ。
(そういえば、昨日の黒猫も何処にいるんだろう?)
不思議な黒猫。
猫特有のしなやかな身体。
どこか不思議な輝きを放つ青い瞳…。
こちらの心の中まで覗き込んでいるような、そんな神秘的な空気を持つ黒猫だった。
白雪を見つけたあの時。
あれ以降、すっかり頭から消えていた。
私は、あの猫に会えるかも知れないと思い、
昨日出会った公園に向かった。
しかし公園にも生き物の気配はない。
住宅街にある公園だが、どちらかというと街外れになる。
雑木林の近くだ。家は少ない。
たまに、通勤と思われる人とすれ違う。
猫は見当たらない。
『知奈。』
その時、胸のポケットに入れていた携帯電話から、声が聞こえた。
AIアシスタントのケットだ。
「なに?ケット?」
『着信です。相手は今回の依頼人、西野原里奈。繋ぎますか?』
「里奈さん?」
(なんだろう?)
白雪探しは、今日までの時間をもらっているはずなんだけど…。
私は、里奈さんからの電話に出た。
そこで彼女から、衝撃的な報告をもらった。

***
私は、事務所に戻ってきていた。
これから、この事務所開業後初の依頼人’”西野原里奈さん”とのアポイントメントがある。
彼女からの電話。
それは、彼女の姉の事だった。
「姉の死体が見つかりました。」
彼女は抑揚を抑えた声で一言告げた。
突然の告白で、何を言われたのかわからない。
私は彼女に落ち着いて、一から説明するように求めた。
彼女の話によると、
昨夜、警察から電話があったそうだ。
姉の白金彩織さんが、自宅近くの雑木林の中で遺体で発見された。
その確認に来て欲しいと言われたそうだ。
殺害されて埋められたようで、死後1週間ほど経っていると言われた。
そう話してくれた。
つまり、昨日私が発見した死体は、彼女の姉だったのだ。
「………。」
私は事務所の窓から外を眺めた。
何と言う、偶然だろうか。
いや、偶然なのか?
いなくなった愛猫。
いなくなった時期。
1週間前。
彼女の姉は悪阻がひどく、夫の実家に世話になっていると言っていた。
だが、見つかったのは遺体だ。
つまり…。
私は、飲みかけのインスタントコーヒーに口をつけ、ぼんやりと外のビル群を眺めた。
白雪が舐めていた手。
それは、彼女の姉。
白雪の飼い主だったということか…。
なんというか。
「健気だな…。」
ポツリと呟いた。
白雪は飼い主の彩織さんの危機を感じ取ったのかな?
野生の感ってやつで…
雑木林の遺体を見つけるまで、探していたのだろうか?
それにしても、身元の確認が早かったな。
死後一週間で、土の中にあったのなら、腐敗も進んでいたはず。
昨夜、私が警察で聴取が終わった頃に、これから検死だと言っていたが…。
その時。
扉をノックする音が聞こえた。
***
私は、初めて事務所に訪れた時と同じ位置に腰掛けている里奈さんの前にコーヒーを差し出した。
向かいに腰掛け、里奈さんの話を聞く。
里奈さんは焦燥しきった、少し青ざめた顔で俯いていた。
依頼したペット探しの件で、お礼を言いに来てくれたのだ。
いや、肝心の白雪は、まだ見つけていないけどね。
「…大丈夫、ですか?」
私は、ゆっくり言葉を選んだ。
なんと、声をかければいいのだ。
「はい。すみません。」
里奈さんは、俯いたまま返事をした。
やはり、疲れているのだろう。
それでも、顔を上げると、うっすらと微笑んだ。
「お姉ちゃんの亡骸を発見してくれたのは、探偵さんだったと聞きました。」
「……。」
私は、コクリと頷いた。
あの時は、誰の遺体かなんて知らなかったが…。
地面から伸びていた、救いを求めるような手が脳裏に浮かんだ。
「…姉を殺害した犯人は、姉の旦那さんでした。」
「!!」
(もう、犯人は捕まったのか!)
私はただ、目を見開くばかりだった。
まさか、そんな身近な人に殺害されてしまうなんて。
里奈さんの気持ちを考えたら、やりきれない。
「すぐ、捕まったんですね?」
里奈さんは頷いて続けた。
「私の家に警察から連絡が来たときには、もう…。」
そうか。
随分なスピード逮捕だったんだ。
やるな、警察。
「警察が姉の身元を確認出来たのは、自宅の電話番号が分かったからでした。
番号から住所を調べたら、遺体の発見現場近くのマンションだったので、直接向かったそうです。」
固定電話の番号か。今どき珍しい。
「警察が部屋へ向かうと、すぐに泣き崩れて自白したみたいです…。」
里奈さんが膝の上の両手を握りしめて打ち明けた。
悔しそうに唇を噛み締めて、涙を堪えている。
「何が原因だったんですか?」
私は、どうして、そんなすぐに自白するような人が殺人を犯したのか、不思議でならなかった。
「姉が騒いだから…と、言っていたそうです。」
「?」
「口を塞いだだけと言っているそうです。騒ぐから口を塞いだ。
その時夢中で鼻も塞いでしまった
…気がついたら、息をしていなかった。…と。」
(……。)
なんだそれは。
「結局は、自分が浮気をしていたことが原因だったんです。」
里奈さんは、それだけ言うと、本当に悔しそうに涙を零した。
そうして、事件の顛末を話してくれた。
里奈さんの姉が妊娠をして情緒が不安定だった時期に、浮気をしていたことが発覚した。
当然、姉の彩織さんは攻めた。
大きな声で、旦那さんを罵った。
その声がうるさいと口を塞いだ。
近所に、この大声が聞かれる事を恐れた。
自分の評判が悪く広がることを恐れた。
自分の親に知られることを恐れた。
黙れ、黙れ、黙れ、
夢中で口を塞いだ。
居間のソファーに押し倒し、馬乗りになって両手で騒ぐ口を塞いだ。
静かになるまで、ずっと押さえつけていた。
気がついたら、息をしていなかった。
これは事故だったんだ。
そう、警察に説明していたそうだ。
――もともと、おかしいと思っていたんです。
里奈さんは続けた。
彼女の姉が、悪阻で旦那さんの実家で世話になるとメールを貰った時も、変だと感じていたそうだ。
夫はマザコンの傾向があるんだ、と、向こうの実家に行くのを嫌がっていたから。
ただ、今回は妊娠中で、動物を飼っている自分の実家には戻れない。
だから仕方なく、世話になっているんだろうな…
と、考えていたそうだ。
そのメールは、夫の偽造工作だったらしい。
姉の携帯電話は夫が持っていた。
きっと、いつ連絡が来るか、ヒヤヒヤしていたのだろう。
ずっと手元にあったそうだ。
でも、だとすると、
逃げ切れないのも分かっていただろうに…。
妊娠中の期間なんて、期限が限られている。
いずれバレる嘘をいつまで隠すつもりだったんだろう。
私は犯人の愚かさに、怒りを通り越して呆れを覚えた。
自分の保身しか見えない人間は、いつも肝心なものを見落とすのだ。

次回、意外とあっさり犯人逮捕。謎の解明は終わった。と、思った⋯んだけど? Act1、あと一回、続きますです。
2026年2月25日 第七話(最終話)を公開致しました。下記リンクよりどうぞ👇️

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