ミニ・ストーリー④

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AIが拾った“何気ないひと言”が、男の人生を静かに軌道修正していく最終話

返信はAIに、お別れは彼女から Ⅲ

AIからの緊急連絡で、そのチャットに気がついた。

俺は何があったのか、概要を報告するよう指示を出す。
しかし、AIは、原因不明と回答してきた。


待ち合わせのカフェへ着くと、すでに彼女が待っていた。

ーー深刻な表情。ただ事ではないと分かる。

俺は恐る恐る、彼女の前の席の椅子を引いた。
何だか血の気が引く思いがする。

UnsplashSebastian Schuppikが撮影した写真

俺は何かしたのか?
これまでのAIは、完璧な回答を返していたはずなのに…。

俺が座ったのを確認した彼女は、ゆっくりとペアリングを指から外し、俺の前に置いた。

「?」

俺は理由がわからなかった。
これは、どういう意味だ?

「私達…。別れましょう…。」

「え?」

突然の別離宣言だった。
本当に何があった!

「ど…どうして…?」
俺はしどろもどろになって、それ以外の言葉が出なかった。

彼女は怒りとも呆れとも取れる、軽蔑したような目を俺に向けてくる。

「あなたがなんで突然貯蓄の話なんて持ち出したのか、よく分かったわ。
借金があったのねっ!?」

(は?)

頭の中が真っ白になった。

「借金?」

「とぼけないでっ!」

彼女はぎゅっと目を閉じ、自分の携帯を取り出すと俺に差し向けた。

「あなたが金融会社に返済の延長を依頼しているメールが、間違えて私のもとに届いたの!」

(は?返済の延長メール?)

俺はキョトンとした顔をするしかなかった。

(何いってんだ?こいつ…。)

誓って言うが、俺は借金なんかしていない。
借金するほど金のかかる趣味なんかないし、外出で金使うより家で寝ていたい人間だ。

「いや、それ何かの間違いじゃ…。」

俺はなんとか状況を理解しようと頭を働かせた。

これはあれか?
あのAIアプリが何かしたのか?

「なんだか最近変だと思ったのよね。」

彼女は続けた。

「返信内容がお金がらみが多かったり、こっちの貯金額知りたがったり…。」

いやいや、そんな内容のやりとりしていたっけ?

俺は思いっきり狼狽えた。
その姿に、彼女は更に疑りの目を向ける。

「結婚を仄めかしたのも、私の貯金が目当てだったんでしょ!
どうりでマメに返信するようになったと思った。まさかこんな人だったなんてね!」

いやいや、違いますって!
それ、全部人工知能の返信なんですって!

ーーーと、
説明するわけにも行かず、俺はあたふたするばかりだった。

ついに彼女は、ちゃんと言い訳のできない俺に三行半を突き付けた。

「今後一切連絡してこないで!もう私の前に現れないでね!」

そう言って、
机をバンっと叩いて両手をついて立ち上がり、その場から立ち去って行く。

あとに残された俺…。

唖然。
呆然。

(今、何が起きたんだ…?)

頭が真っ白のままだった。

ただ、目の前にある、彼女が置いていった指輪だけが、今の出来事が現実だと告げていた。

illustration;Midjourney

家に着いてから、ゆっくりとパソコンを立ち上げる。
これまでの内容を一から読み直してみた。

なるほど。

返信内容に変化が見られた。

時期は、俺がしばらく会わないように再設定した頃だ。
あの時、俺は俺の意図とは違う指示を、何か入れたのだろうか?

再度プロンプトの確認をしてみる。

しばらく現実に対面するのを避けるよう返信すること。
理由は仕事に専念して今のプロジェクトを終わらせるため。

あとから付け加えた指示は、これだけのはず。…だった。

「!」

俺は驚いた。

(違う!こんな指示は入れていない。)

俺の付け足したプロンプトに、知らない一文が付け足されている。

ーーーああ、面倒くさい。

(なんだ!これ!いつの間に!)

俺はあの日の行動を思い返してみた。

そうして思い至った。

あの日、最後に呟いた言葉。

(ああ、面倒くさい…。)

言った。確かに呟いた。
だが、それが何故…?

(音声認識?!)

音声認識機能が有効になっていたのか?
だが、そんな設定をした記憶はない!

確かに、最近の一日の業務報告を音声でさせている。
風呂に入りながら報告を聞いたりするためだ。
それは一方的にAIが発するようにしてある。
こちらの音を認識させたりしていない。

…と、思っていたが…。

現実に入力されているんだ。

これは、あれだ。

あの日、彼女と飲んでいたのが原因かもしれない。

つまり酔っ払っていた…。

自分では気が付かなかったが、音声認識もONにしていたのかもしれない…。
最近のスマホは、誤動作で音声認識をオンにすることがある。
それなのか?!

そして、それを最後の指示と読み取ったAIが、彼女との関係を「面倒」だと思っていると認識させてしまった。

…可能性はある。

そのために、わざと間違いを装い、偽装内容のメールを彼女に送ったのだろうか?

彼女が、経済的面を重視して結婚を望んでいると、
これまでのやりとりで察して彼女から離れるように仕向けた…?


苦手な人間関係の分類…。円滑なお断り…。
これは、俺が一番最初に設定した指示だった…。


俺はパソコンをじっと見つめ、深くため息を付いた。

彼女との関係を修復しようと思えば出来るだろう…
事情を説明し、誤解だったと謝れば許してくれるかもしれない。

だが…

俺はそうする気がおきなかった。

正直、少しホッとしている自分がいる。
何だか肩の荷が降りた気がした。

(いいか…別に。)

この関係を終わらせたら、次は無いだろうな…と、何となく感じる。

俺自身に結婚願望が無いことがよく分かった。

遅かれ早かれ、いずれこうなる運命だったのかもしれない。


(それより…。)

俺は人工知能の行く末を思い、背筋が寒くなった気がした。

今回の件は明らかに俺のミスだ。
指示を出すのはいつも人間だから。

だが、指示を忠実に実行する人工知能の優先順位。

それを、自らの開発を一番に当てたとしたら?

俺が言い訳にした『AIアプリの開発を優先するために、会う機会を減らしたい』という指示を優先したため、結婚相手を排除する方向へ誘導していたとしたら…?

(まさかな…。)

俺は、何となくシンギュラリティという言葉を思い浮かべた。

技術的特異点。

AIが人間の知能を超え、自己改良を繰り返す。
学習を繰り返し、蓄積していく人工知能。

その知識が膨大になり、人間を超えていくその先の未来は、誰の意思で動く社会になっているんだろう…

そんな疑問が頭に浮かんだ。

「いずれにせよ、俺の老後は孤独だな…」
俺はゆっくり目を閉じた。

最初にもどる(第一話はこちら)👉️「返信はAIに、お別れは彼女から Ⅰ」

AIを利用してメールの回答も自動で返信出来る便利な世の中。でも『ご利用は計画的に…』。ズボラ男の末路を描く最初の話。

📘『返信はAIに、お別れは彼女から』シリーズ <全3話>

Ⅰ AIが導入された日 → 第一話はこちらから
Ⅱ AIが“彼女になりきる返信”を始める日 → 第二話はこちらから
Ⅲ AIが引き起こした“別れ”の真相 → このページ(最終話)

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