ミニ・ストーリー②

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AIに返信を任せ続けた男が、思わぬ“お別れ”を迎える物語。

返信はAIに、お別れは彼女から


AIが導入されてから、
世の中が変わってきたな。

と、感じるのは俺だけではないはずだ。

ほんの数年前までは一握りだった利用者も、今やほとんどの人間が、何らかの形でAIを利用している。

かくいう俺自身も、この時代の流れに乗るべきだと、ただの広告会社のSE(システムエンジニア)からAIアプリの開発者に転職した。

AIを使ってアプリを開発するほうに将来性を感じたからだ。

ともかく雇われSEなんて職業は、寝る暇もないほどブラックな仕事だ。

締め切りがある仕事はすべてにおいてそうと言えるのだが、SEはブラック筆頭に挙げられるだろう。

だが、今はAIに任せれば一瞬で文章や、画像、プログラムまで作れる。これを利用しない手はない。

少し人生にゆとりが欲しかった俺は、AIを活用して自分の時間を作り出したかったんだ。

UnsplashBoliviaInteligenteが撮影した写真

まず最初に提案したのはメーラーの開発だ。

このAIを活用してのメールの送受信を自動化するアプリを提案した。

この手の開発はすでに他の会社でも実現しているが、俺は読み込みから返信まで自動で提出出来る機能を開発した。

アプリ利用者のこれまでのメールのやり取りから、行動様式を参考にし、思考パターンから、言語化する回答をより本人に近づけるように設計したのだ。

利用者の情報は本人が設定する必要がある。

言ってほしくないこと、社内の極秘事項、やり取りしたくない相手、これらは本人が設定しなければならないが、ある程度の軌道修正はAIが自動で判断する。

例えば、やり取りしたくない相手が社内の上司だった場合、お誘いがあったら無視するわけに行かないだろ?

そういう相手には俺に負担がかからないように、AIが角の立たないようにお断りのメールを返してくれたりするってことだ。

とにかく俺が楽をするために開発したアプリだった。

楽したいっていう人間の願望は技術発展の基礎じゃないか?
洗濯機や掃除機だって、家事を楽にしたいっていう人間の願望が生み出したんだからさ。
悪いことではないはずだ。

その証拠に、俺のアプリは社内での実証実験で、かなりいい手応えを感じた。

まずは開発したアプリを自分で利用してみた。
毎朝届いているメールを、AIにチェックしてもらう。

そして、それに伴う作業もAIが判断して代行。
添付されてくる社内の会議の資料の確認から、依頼されたバグの修正、開発報告書の提出。
添付資料もAIが閲覧して、俺にとって必要な情報だけ切り取って報告するよう設定した。

もちろん返信も代行してくれる。
定例会議の議事録から、取引先へのお礼、個人的な内容の返答まで、すべてAIにお任せだ。

俺はその日の終わりに必要な報告をAIから受る。
その中で、どんな回答を返したのか、気になる案件だけチェックするようにした。

おかげで午前中から雑務に囚われることがなくなり、開発に専念できるようになった。



このアプリを利用する様になって、残業が減った。

時間にゆとりができたおかげで、俺の表情も穏やかになってきたようだ。
同僚の態度がずいぶん変わってきた。

より親しく接してくれるようになったというか、フレンドリーになったというか…
やっぱり、人間ゆとりが大事だよな、と、その時の俺は簡単に考えていた。


ところが、ある日。

総務の女性が相談に乗ってくれたお礼だと言ってお菓子をくれた。

全く記憶にない話だった。

確かにAIからの報告で、俺の提出した領収書の詳細について、確認のメールをもらったことは覚えている。

Image by yuyun fan from Pixabay

簡単な日付の確認だったから、その日の詳細と領収書の再提出をした。
と、AIからの報告を受けていた件だろう。

俺は曖昧な笑顔で「気にしないで…」と、適当に返した。
彼女は照れくさそうにお菓子は自分の手作りだと告げてきた。

ちょっと頬を染めて俯く仕草が愛らしい。

社内でも可愛いと評判の女性だ。
俺は悪い気がしなかった。

齢い30過ぎにして、モテ期到来か?

だが、そんなことより相談の内容が気になる!
内容がわからないと、この先の話が続けられない!

俺はお菓子を受け取ると、軽く片手を上げその場を去った。
颯爽と、爽やかに見えるように…


実際には大慌てでパソコンに向かった。

以前の領収書の件のメール本文を見つける。
やり取りを合計5回もしていた。

内容は領収書の件がメインだ。

だが、そのあとに早々に対応してくれたお礼のメールが届いていた。
そしてその件で、彼女がどれほどこの様な確認作業に悩まされているか語られていたのだ。
大抵面倒がられ、おざなりな対応が多いと愚痴が綴られていた。

それに対してAIがさり気なく、
しかし如何に重要な業務かを語り、
いつもありがとう…なんて結んでいる。

更に彼女から喜びの返信があり、
日頃のストレスを趣味のお菓子づくりで解消していること、
俺の好きなお菓子のことまで話題にしていた。

(それでか…。)

俺は慌ててAIの報告の精査をした。

俺はAI自体を改変出来るわけではない。
このAIプラットホームを利用して、特化した作業の指示を作ることが仕事だ。

俺の指示は、これまでのメールのやり取りから行動を予測して業務を円滑に回すこと。
プライベートな内容は含まれていないはずだった。

だが、AIの回答は俺の指示を忠実に守った結果だということが判明した。
それは、『苦手な相手との対応にも人間関係が円滑に回るよう回答すること』に当てはまっていた。

AIは「苦手な相手」がどの範囲まで入るか未知数だったため、

「人間関係が円滑に回るよう回答」

の指示に特化した回答をしていたのだった。

俺のメールがAIによる回答だと知る人間は、同部署の同じチームの奴だけだ。
すでに数名、実証実験で同じアプリを利用している。
チームの人間も概ねいい手応えを感じていると聞いていた。

同じ様なことが起きているのだろうか?

だが、実際にはみんなそこまでプライベートな回答はされていないようだ。
なぜなら、そこに至る前に自分でメールの内容を確認しているから…

つまり、俺のズボラさが原因だ。

面倒だと業務に関係している内容だけ報告させて、
他の件には目も通さず、メール内容の確認もしていない。
会議に必要な資料も要点を要約させ、問題点も提案させていた。
ろくに資料も見ていない。

(これは、俺の使い方が悪かったか。)

…だが。

もらったお菓子に目を向けた。

(悪い…か?いや、むしろ…。)

俺自身の回答だったら、きっと愚痴なんて無視するだろう。
他の奴と同じようにうっとうしいと感じるはずだ。
ーー現に目も通していない。


(あんな可愛い子に感謝されるんだ、むしろ願ったりじゃね?)

俺は調整の手を止めた。
もう少し様子を見ることにしたんだ。

ただ、業務に関係ない内容のメールが届いた場合、報告するよう指示をした。
一応これまでの業務外の内容を読み返してみた。

なるほど。
社内の他の人間の俺を見る目が、変わった原因が判った気がする。

俺自身にゆとりが生まれ、表情が和らいだからと思っていたが、
日々のメールのやり取りでいいヤツ認定されただけのようだ。

俺なら絶対書かない気遣いが返答に含まれている。

(人間関係を円滑に…ね。)

この指示だけで、ここまで判断するAIの学習機能すげえな。
しかも完璧に俺の言い方をトレースしている。
そっけない言い方で気遣いを見せる技術ってすごくないか?

(こうやって返答すれば、相手が悪く取らないんだな…。)

俺はこれまでの人生、随分損する生き方してきたな…と、改めて感じた。

続きはこちら👉️「返信はAIに、お別れは彼女から Ⅱ」

AIにメールの返信を任せて、良い手応えを感じた主人公の次の一手は彼女へのアプローチ!?

📘『返信はAIに、お別れは彼女から』シリーズ <全3話>

Ⅰ AIが導入された日 → このページ
Ⅱ AIが“彼女になりきる返信”を始める日 → 次の話はこちら
Ⅲ AIが引き起こした“別れ”の真相 → 最終話

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