本島の端っこで
わしは今日も、ここから海を眺めておる…。
足元から広がる海と、
対岸に見える島。
その島に繋がる、長い大きな橋。
橋を渡る人の営みは途切れることもなく、
今日も人たちの息遣いを感じる。
空が青いなぁ。
今日はいい天気だ。
ここは、いつも風が強い。
寒い季節になると、風が強くなる。
人たちは、襟を立てて顔を伏せる。
わしの前を通り過ぎる人の
顔がわからなくなる季節だの。
だが、花さんはわしの前でお辞儀をする。
この道を通るときは、いつもペコリと頭を下げる。
だから、わしも挨拶を返す。
――おお、花さん。今日も寒いのぅ。風邪引かんよう気をつけて帰るんじゃぞい。
花さんは、この道を通って仕事に行く。
本当の名前は知らんがの。
腕に下げる小さいカバンに花がついておるから、
”花さん”と、わしが勝手に呼んでいるのじゃ。
いつも同じカバンでの。
何の花かは、知らんがの。
今日は海がキラキラしておるのぅ。
風に煽られても、波は高くない。
箱を詰んだ船が、ゆったりと目の前を通り過ぎていく。
行ったり来たり、船の往来。
船はいいのう。
橋を行き交う自動車のように、
忙しくないところがいいのぅ。
橋をくぐる、たくさんの船。
のんびり眺めて日が暮れる。
陽が隠れる頃に、お月さんが顔を出す。
橋の向こうから、顔を出す。
おお、もうまん丸のお月さんの頃じゃったか。
見事なもんじゃの。
よおく見えるぞい。
むかし人たちは、このまん丸のお月さんを見ると、
喜んで、踊っていたのぅ。
綺麗な、べべを着て、踊っていたのぅ。
わしが眺めてきたこの場所は、
少しずつ、少しずつ、
その姿を変えてきた。
あの橋がなかった頃…。
あの建物がなかった頃…。
あの船がなかった頃…。
わしはずっと、眺めてきた。
お日さんと、お月さんと、この海は、
変わらんがの。
今日は何だか辺りが騒がしいのぅ。
人たちが行ったり来たり。
わしの周りで集まっておる。
わしは思い出した。
……ああ、もう、その時期がきたのかの。
寒い季節の、この頃の。
一年に一回、人たちが集まる。
わしの周りに集まって、何やら祈りを捧げるようじゃ。
わしの前に一人の神主さん。
海にも、小舟に乗った二人の神主さんに挟まれる。
わしは祈りの言葉を聞く。
人たちは、わしに災いを無くしてほしいと祈るらしい。
わしは、聞くだけじゃがの。
長い事、聞くだけで過ごしてきているのじゃがの。
祈りが終わると、神主さんはわしの頭に乗っかるんじゃ。
よろよろと、おぼつかない足取りで、
毎年、この時、わしがハラハラするところじゃ。
そしてわしの頭に縄を掛けていく。
わしの頭をぐるりと縄で巻いていく。
ちょっとした帽子のようなんじゃ。
毎年、この時期だけ、わしは着飾る。
その後がお楽しみの時間じゃ。
神主さんは、縄の周りに酒をかけていくんじゃよ。
わしに酒を飲ませてくれる。
極上の日本酒じゃ。
甘い香りが立ち込める。
ああ、美味いなぁ。
酒は美味いなぁ。
通りの向こうに花さんが見える。
最近、トンと姿を見なんだが、元気そうじゃの。
花さんがわしに手を合わせておる。
わしは、花さんの姿に心を合わせる。
わしはただ、ここにあるだけなんだがの。
人たちの望みを叶える力なぞ、持ち合わせておらなんだがのぅ。
ああ…。
でも…。
この美味い酒が飲めるように、
いつまでもこの景色を眺めていられるように、
ちょっと、わしも、願ってみるかのぅ。
愛おしいこの世界の安寧を。
<本島の端っこで、平和をつぶやく岩………>

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