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連載小説|第二回目|青い瞳は虚空を見つめる

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※この物語は連載小説です。こちらは第二話となります。

第一話はこちらから👉️【第一話:青い瞳は虚空を見つめる】

Act1. 青い瞳は地面を見つめる ②

私はくるりと振り返ると、満面の笑みを扉の女性に向けた。

「ようこそ、神崎探偵事務所へ。私が所長を務めております神崎知奈と申します。」

そして、サッとキムチのパックをゴミ箱に突っ込みテーブルを片付けると、扉の取手に手をかけて、入口で躊躇している女性を招き入れた。

その間、わずか三秒。——逃がしてなるものか。

「さぁさぁ、ご遠慮なさらず、お入りください。我が探偵社はどんな悩みでも真摯に対応致しますよ。もちろん秘密厳守は絶対です。」

揉み手で迎える。
初めての来客である。気合の入り方が違う。

何故か、モニターのカメラから呆れた様な視線を感じた気がした。
ケット!態度の豹変とか考えるなよ!

「すみません。チラシを見て伺ったのですが、探し物もしてくれるんですよね?」

女性は私の気迫に押されたのか、少しオドオドした様子で肩に下げていたバッグからチラシを取り出して言った。

それは開業した時に、街で配ったチラシだった。

『新規開業!懇切丁寧!秘密厳守!
 どんなご依頼も相談に乗ります。
 あなたの隣の探偵事務所。
 浮気調査・身元調査・失せ物探し。
 まずはご相談ください。』

と、ありふれたキャッチコピーを謳ったチラシだ。

「もちろんです。わたくし、こう見えましても、この業界で10年以上働いております。探し物のご依頼もお受けしておりますよ。」

そして、さり気なく女性の背中を押して中に引き込み、ソファーに座らせる。
女性はまだ、落ち着かない様子で、辺りをキョロキョロと見回しながらも勧められるままに腰を降ろした。

こうなれば、こっちのものよ。

残り少ないコーヒー豆をドリップにセットして、お湯を注ぐ。
女性の前にコーヒーを差し出した。

その横に私の名刺も差し出す。

「宜しければお召し上がりください。では、今回のご相談についてお伺い致します。」

そして、女性の対面のソファーに自分も腰を下ろす。

手を組むと膝の上に載せ、いかにも興味あります。じっくり取り組みます。
という前かがみ姿勢で話を聞く体勢を取る。

これ、依頼人から話を聞き出す大事なポイント。

大抵の人は話をする時、聞き手の態度次第で何処まで話すかを決める。
これは無意識である。
深刻な話をするのに相応しい相手かを態度で判断するのだ。

まだ悩んでいる様子だった依頼人の女性も、安心したのか、意を決したかのように話しだした。

「私、西野原里奈って言います。大学生です。実はペットの猫を探して欲しくて…。」

(ペット…。)

私は、少し眉を潜めた。

だけど、ここで躊躇した態度を見せるわけにはいかない。
初めての収入になるかもしれない案件だ。
ここは笑顔で先を促す。

「ペットですか?どの様な事情で探すことになったのでしょうか?」

ニッコリ微笑む。

ともかく話を聞いてみる。
思っているのとは違うかもしれない。…だといいな。

「はい。私の姉が飼っていた猫なんです。」

そう言って、スマホを取り出すと画面をこちらに向ける。

画面には、真っ白い長毛の猫を抱いている細身で髪の長い女性と、その隣で一緒に微笑む依頼人の姿が映し出されていた。

なるほど、姉というだけある。
よく似た姉妹だ。

「この猫ちゃんですか?探してほしいというのは?」
「そうなんです。」

じつは…。
と、依頼人、西野原里奈さんは話し始めた。

彼女の姉は、既に結婚していて家を出ている。
姉の家は電車で2駅ほど離れた距離で、よく行き来をしている仲だそう。

この猫は、姉の家で飼っている猫で名前は「白雪」。
長毛のチンチラ種で透き通った青い目が美しい猫だった。

「先月、姉が妊娠していることがわかったんです。それで、向こうの両親に妊婦に猫は良くないと言われてしまって、一時的に実家で預かることになって…。」

里奈さんの家は戸建てで、動物を飼うことに問題はないそうだ。
ただ、実家では、既に犬を飼っていた。

「だから、2階にある私の部屋で飼うことにしたんです。」

白雪は、里奈さんにとても懐いていたそうだ。
特に嫌がる様子もなかった。
安心していたのに、ある日部屋の中から白雪が消えていた。

「どうやら窓からベランダを伝って出たみたいなんです。外出の時に空気を入れ替えるために窓を少し開けておきました。でも、網戸が閉まっているので大丈夫だと思っていたんです。」

里奈さんは、スマホの画面を見つめながら当時の状況を説明してくれた。
彼女の説明によると、大学に行くときはいつも、換気の為に腰高の窓を少しだけ開けていたそうだ。

白雪が家に来てから一ヶ月。

逃げ出す素振りなどまったく見せず、新しい環境に慣れてくれたのだろうと、安心していた時に今回の失踪。

「網戸を自分で開けたみたいなんです。確かに閉めてあったのに、網戸が僅かに開いていました。自分で開けられるなんて思ってもみなくて…本当にどうしよう。」

もちろん、慌てた彼女は辺りを探し回ったらしい。

1階にいる両親に聞いても、姿を見ていないという。
彼女の家の庭には犬もいるが、特に吠えたり、うるさくしていた様子も無かった。と、家にいた母親から聞いたそうだ。

近所の知り合いにも声を掛けたが見ていないと言う。
当然保健所にも問い合わせをしたが、長毛の白い猫は保護されていなかった。

途方にくれた里奈さんは、風に煽られ飛んできたチラシを手にし、この事務所の存在を知ったそうだ。

「探し物を見つけてくれるなら、お願いできるかも…と、訪ねてみました。お姉ちゃんの大事な猫なのにどうしよう。猫も探してもらえますか?」

里奈さんは、少し涙目になって私を見つめる。

——うっ。こういうの、私、弱いのよ。

私は少し俯いて、顎に手を当て考え込む。

本来は、引き受けない案件である。

動物は動物専門の探偵がいる。
その動物の習性や、探す場所、捕まえる道具が特殊だからだ。
専門の知識と技術が必要になる。

しかし…。

今、我が事務所は存続の危機に瀕している。

(猫。猫か~。)

以前の事務所では、同じ様な依頼が来た場合、知り合いのペット探し専門の業者を紹介した。
そこの社長とは良く飲みに行ったりしていたので、仕事のやり方を聞いたことがある。

——猫は難しいんだよな。場に溶け込むんだ。だけど最近の都心では、野良猫が減っていてね。意外と目撃されて覚えていられる。特に血統種は目立つからね。発見率は悪くないよ。

とか、言っていた。

(うむ。イケるかもしれない。)

——ただ、発見しても捕まえるのが大変なんだけどね~。

ははは…。
と、社長は笑っていたな…。

(しかし、私の身体能力ならば、猫に劣らない。)

…はずだ。
きっと、そうだ。たぶん、そうだ。

というか、依頼人。
泣き出しそうだし。

(やるしかあるまい。)

私はゴクリとつばを飲み込むと話を進めた。

「猫。と、なりますと、ちょっと特殊になります。期間を短めに設定させていただいて2日間。この期間に何かしら発見されるかで、本格的に依頼されるか決める、と、いうことでいかがでしょうか?」

ここは、あまり希望を持たせてもいけないしな。
できる限りのことをして、無理そうなら専門の業者を紹介する方向で話してみるか。

私は一日に動ける時間と経費についてなどの、事務的な話を進めていく。
ここは、ビジネスとしてクールに詰めていきましょう。
下手に希望を持たせても、見つからなかった場合のショックが大きいだろう。
実際、動物は見つからない可能性が大きい。

(大学生じゃ、お金もないだろうしね。)
私は里奈さんに笑顔向けた。

「今回は初回特典として、格安でお受け致します。本来は1日1万円のところ、8千円。2日で1万6千円に経費というカタチでいかがでしょう?」

探偵としては破格の安値。手付金なしのサービス料金。
学生さん相手だし、初めての案件でもあるし。

ただし、成功したら成功報酬で、本来の料金を上乗せしてくれるようにお願いした。

里奈さんは、引き受けてもらえるという言葉に、心底安心したようだ。
ホッとした顔を見せると、ゆっくり頷く。

「はい。お金はいくらかかっても構いません。妊婦のお姉ちゃんに心配かけたくないんです。手がかりがないか探してください。」

私は大きく頷いた。
「わかりました。まずは2日間。全力を尽くします。」

(よっしゃー!初仕事ゲットだぜ!)

私は心の中でガッツポーズをして、これでコーヒー豆が買える。と、歓喜の雄叫びを挙げたのだった。

あくまで、心の中でね。

次回、初仕事はペットの猫探し。畑違いの仕事を引き受けて大丈夫なのか?
なにはともあれ、神崎探偵事務所、始動!

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